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酒井抱一「富士に岩松図」美術史の常識覆る琳派たらし込みを抱一が若冲の影響により改革した絵が見つかる・現存3点中の1点・美術館級・北斎

酒井抱一「富士に岩松図」美術史の常識覆る琳派たらし込みを抱一が若冲の影響により改革した絵が見つかる・現存3点中の1点・美術館級・北斎[浏览Yahoo!拍卖页面]

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【商品説明・サイズ・状態】

本出品作、酒井抱一「富士に岩松図」の元絵となったものは、白井華陽編『画乗要略』巻四(天保三年(1832)刊)に抱一と全く同じに「法光琳」と形容された光琳派の絵師、中村芳中の『光琳画譜』(享和二年(1802)刊)に掲載された「富士に松図」(参考画像参照)の元絵である光琳画(現在散逸)であると見て間違いないでしょう。
抱一が浮世絵美人画ばかりを描いていた天明年間(1781~1788)から寛政年間(1789~1800)にかけての時期の寛政十一年(1799))に大坂の文人画家で光琳派の中村芳中が大坂から江戸に移住して来ました。
中村芳中の江戸滞在は3年ほどであったとされますが(仲町啓子「隠棲の理想に憧れてー光琳を見つけた転換期」(『別冊太陽・江戸琳派の粋人・酒井抱一』)、その間、芳中は江戸の多くの文化人と交友関係を築き、抱一とも交友しました。芳中は享和二年(1802)に前記の『光琳画譜』を刊行しますが、その巻頭に、本出品作、酒井抱一「富士に岩松図」と酷似した「富士に松図」(参考資料⑦)を掲載しています。但し、芳中の当該図画は光琳の元絵を芳中なりに消化して描いており、『光琳画譜』は木版画によるものなので、画風、マチエール、ディテールは本出品作と同一ではありません。しかし、芳中が『光琳画譜』を出版するにあたって、多くの蒐集された光琳画を江戸に持ち込んでいたことは想像に難くありません。そしてさらには、芳中と抱一は『光琳画譜』の刊行前から交友していたわけですから、抱一は芳中の江戸に持参した光琳の原画を見ていたはずです。その際、抱一は芳中から光琳の琳派に関する様々なレクチャーを受け、それに触発されること大であったとされています(仲町啓子前掲論文)。従って、本出品作、酒井抱一「富士に岩松図」は、芳中持参の光琳自筆原画を元絵として描かれたものでしょう。そして、抱一が光琳に惹かれて、光琳を敬愛する琳派風の絵を描き始めるきっかけとなったのも、この時の芳中との交友がきっかけであったと考えられます(仲町啓子前掲論文)。
その際に、抱一が最も惹きつけられたのが、光琳画のたらし込みという琳派の代名詞である技法であったことが、抱一がこの時期、すなわち琳派風の絵を描き始めた時期の絵に過剰とも思えるほどの「たらし込み」が使われており、たらし込み技法の修得に試行錯誤している様子が見てとれることからも分かります。
宗達や光琳に代表される「琳派」の伝統的な「トレードマーク」となっている技法である「たらし込み」ですが、これは墨色や緑系色、茶系色などの顔料に水を多めに含ませ、木肌や岩や草花などに、「にじみ」による独特な濃淡の模様を作り出し、「琳派」の装飾性と相まって、立体的な対象の描写を可能にした世界的にも有名な琳派独特の画法です。
この琳派の伝統描法において、草花や岩木に使用される緑系色などの「原色系の色」は「1種類の色」を使用するのが伝統的な「決まりごと」=「型」でした。狩野派や土佐派に粉本という様式的な「決まりごと」=「型」があるように、琳派においても、琳派系統の絵手本等で示される様式的な「決まりごと」=「型」が存在していたわけです。具体的には、「決まりごと」=「型」としてのたらし込みでは、水を多めに含ませた水墨を画面に置き、その水墨の表面水分が乾かないうちに緑青一色を上から垂らします。
ところが、本出品作品、酒井抱一「富士に岩松図」では、この琳派の伝統的な「たらし込み」の「型」(定型化した決まり事)の描法が、その「型」を破るように新たに改革されて、松の木肌や岩、特に岩の表現に顕著なのですが、なんと緑青(ろくしょう)と白緑(びゃくろく)の2種類の緑系統の色がコントラストをなすように使用されています。
抱一はこの出品作品「富士に岩松図」において、琳派の伝統的でパターン化した「たらし込み」を超えて、岩の色面に緑青と白緑の2種類の緑系色を使うことで、「岩」に多彩でより存在感と深みのある本出品作品独自の「幽玄性」(抱一は謡曲や和歌の知識と技巧に秀でていました)のようなものを与えることに成功しています。これは、従来的な「たらし込み」の表現の限界を巧みに乗り越え、革新的でイノベーティブな「たらし込み」技法を確立した瞬間であるように思えます。
本出品作品「富士に岩松図」に見られる上記のような琳派「たらし込み」の革新的描法は、抱一の他の作品では、「円相に寿老図」「四季草花図」での「たらし込み」にしか見られません。この「円相に寿老図」「四季草花図」は酒井抱一の最晩年の作品で、本出品作品「富士に岩松図」も、この「円相に寿老図」「四季草花図」と同時期の製作つまり抱一最晩年の時期の作品であると想定するのが描法の一致から自然であると思われます。
抱一は最晩年に、上記のような琳派の常識を打ち破る全く新たな革新的「たらし込み」技法の境地に到達したものと考えられます。前記の中村芳中が持参した光琳自筆原画を抱一が初めて見たのは、抱一が光琳に触発されて光琳風の絵を描き始めた抱一壮年期だったと思われますが、芳中が江戸を離れてからも抱一は光琳の研究を続けて、江戸近郊の寺々や京、大坂での光琳画調査をしていて谷文晁は、そのような抱一のことを「光琳作品を最も好み、眼にする度に必ず手控える人」(『尾形流略印譜』序文)と記しています。
従って、本出品作「富士に岩松図」も、晩年に再度目の当たりにした光琳自筆原画を前に製作されたものと考えても全く事実に矛盾しないのです。

この琳派のトレードマークとも評される「たらし込み」の抱一による革命が、この度発見され、しかも、その革命の到達点を示す現存作品が世界で僅かに2点しかなく、その意味で本出品作品、酒井抱一作「富士に松岩図」の出現は、世界の美術史上でも大きなエポックメイキングであることは、間違いありません。
酒井抱一とは、単なる光琳のフォロワーや琳派の継承者ではなく、琳派の革命児であったことが本出品作品「富士に岩松図」によって初めて明らかとなったのですから、その美術史的価値・市場価値は計り知れないものがあります。
そして、実は本出品作品の出現によって発見された抱一による琳派史上に残る「たらし込み」革命には、伏線が有ったことが今回の調査によって明らかにされました。

1)一つ目は、光琳の代表作「八橋図屏風」の抱一のオマージュである酒井抱一作「八橋図屏風」です。
この抱一版「八橋図屏風」は、光琳版の模写と一般にされていますが、実は重要な点が違っています。
光琳の「八橋図屏風」が、杜若(かきつばた)の葉を緑青一色のべた塗りで描くのに対して、抱一の「八橋図屏風」は杜若の葉を緑青と白緑の2色によって描出されています。これによって、抱一「八橋図屏風」は、光琳版とは違う変化とリズムが表現されています。

2)二つ目は、文政四年(1821)秋から同五年(1822)頃に製作された抱一晩年の代表作である「夏秋草図屏風」(東博蔵、重文)です。
この二曲一双の屏風は、元々は光琳の「風神雷神図屏風」の裏面として製作されたものであったことが本屏風の修復の際に発見された抱一による下絵と書付けから明らかになっています。
本図をよく見ると、右隻の雷神によって降らされた雨に濡れて、その裏面で少し萎れたような全体に右向きの曲線を描く夏草は、ほぼ50:50の割合で草葉の表を緑青で、草葉の裏を白緑の2色で描き、互いに交差するその2つの色が一定のリズムを刻んでいます。
また、左隻の風神の裏面の秋草は風神の吹く風(野分)に吹き飛ばされながら、葛の葉の表の緑青色と葉裏の白緑色が交互に翻りながら、2つの色の葉が、これも色のコントラストによるリズムを秋風の風情と共に刻んでいます。

3)三つ目は、「夏秋草図屏風」の表に描かれて、抱一が光琳作品の中でも最大の敬意を抱いていた光琳画「風神雷神図」が、雷神図のヒレの描写において、その表裏の色使いが表を緑青で描き裏面を白緑で描いていることです。光琳が手本とした俵屋宗達の風神雷神図の雷神図のヒレの描写では表を黒、裏を白で描いているので、光琳が宗達の色使いを完全に変えていることが分かります。この点は、抱一も宗達の風神雷神図をも研究していたので、光琳が、宗達本の色使いを緑青と白緑に変更している点に光琳研究上の注意を向けたはずで、その研究結果としての結論に到達したので、抱一自身が描いた風神雷神図においてもヒレの表裏の色として表を緑青とし裏面に白緑を用いているわけです。(参考資料②)

1で光琳そのままからの脱却を見せた抱一の緑青と白緑の2色を用いたコントラストによる描法は、2の「夏秋草図屏風」の葉表の緑青色と葉裏の白緑色の2色の使用効果で生き生きとした存在感を示す草葉の描法となって、抱一が晩年に到達した画境として昇華したものと言ってよいでしょう。
そして、3の点が最も重要で、抱一は長年の光琳研究の中で、光琳が宗達の黒と白の配色を緑青と白緑の配色に変更したところに光琳画の真髄が込められており、この2色のコントラスト、緑青/白緑にこそ、光琳画の奥義が存するものと判断した可能性があります。
何故なら、自ら主催した光琳百回忌の展観において光琳追福供養のために描き京都の妙顕寺に奉納した「観音像図」の「因製此像以修其冥福 末弟 抱一暉真薫沐勤写」とその趣意が厳かに記された光琳画の中心的な草花が生けられた花瓶には緑青と白緑の2色が使用されています。(参考資料③)

抱一が光琳画の真髄と奥義を緑青/白緑2色の対照性にありと読み取ったものであることが、この「観音像図」の花瓶すなわち光琳追悼の旨が記述された花瓶に上記の2色が明らかな意図をもって配された点から明確に知られます。
そして、この上記1~3の緑青/白緑2色へのこだわりが、さらに、最晩年の本出品作品「富士に岩松図」および「円相に寿老図」「四季草花図」の「たらし込み」において、緑青色と白青色の2色を使用するという琳派の常識を覆す全く新しい「たらし込み」描法の革命的な発想へと発展したことは間違いないことであると結論付けられます。

上記の抱一による琳派「たらし込み」革命という美術史上のエポックメイキングな「事件」を裏付けるエビデンスは、世界的にも抱一「円相に寿老図」「四季草花図」と本出品作品「富士に松岩図」の3点の作品の他に有りません。
本出品作品、酒井抱一「富士に岩松図」の有する美術史および美術市場の計り知れない稀少価値を指摘せざるを得ない所以です。

あるいは、玉蟲敏子氏が既に指摘しているように、抱一は伊藤若冲のモノクロームの拓版画帖作品である『玄圃瑶華(げんぽようか)』(明和五年(1768)、花虫図四十八図)のうち十一図を抱一作の画帖『絵手鑑』のなかで模写的に彩色画にしている(玉蟲敏子『酒井抱一ー生涯と作品』)
玉蟲敏子氏は、抱一による若冲画摂取の経緯を「上方との交流」の成果として見ているが(玉蟲敏子氏前掲書)、その可能性は非常に高い。
抱一は天明元年(1781)と寛政九年(1797)の二度にわたって上方(京、大坂)に旅している。1回目は抱一21歳の時であり若冲66歳、2回目は抱一37歳、若冲82歳である。
奇しくも2回目は、抱一、若冲ともに仏門の僧侶であり、同時に当代の文化人であった。若冲はこの時、火災に遭った相国寺から離れ石峰寺に庵を構えており、まだ存命であった大坂一大文化サロンの当主の木村蒹葭堂の社交場に出入りしていた。文人でもあった抱一が木村蒹葭堂を知らないはずもなく、抱一もまた、この際に木村蒹葭堂のサロンの輪の中に入ったものと思われる。抱一はおそらくこの際に木村蒹葭堂を介して若冲画に魅了され、あるいは若冲その人と出会っている可能性もある。抱一『絵手鑑』は、文化年間(1804?1817)頃から製作され始めたと考えられているが、であれば、抱一は上方で若冲の直接的な影響を受け、江戸に戻ってから入手した若冲の『玄甫瑶華』を彩色画化したものと考えるのは自然である。抱一による『玄甫瑶華』彩色画は、若冲画の色使いなどの修得を想定せざるを得ない。
若冲もまた、緑青と白緑のコントラストの巧みな使い手であり、葉(緑青)の葉脈を描く際に必ず白緑を使用するなど、意図的に上記の2色のコントラストを画面上に多用していた。(参考資料⑨)
すなわち、抱一の緑青と白緑2色のコントラストによる色面構成やその「たらし込み」への応用は、若冲からの影響による可能性も否定できないのである。
抱一の緑青、白緑2色コントラストによる革命的な「たらし込み」の新たな発明は、光琳か若冲か、という二者択一ではなく、おそらく、両者からの影響の合成によって成立したものであると考えるのが、現実的かつ実態的であろう。


酒井抱一(さかい ほういつ、1761~1829)
江戸琳派を代表する江戸時代後期の絵師、俳人。1761年、姫路藩主・酒井忠恭の孫として神田小川町に生まれる、文武両道の家風の中、幼い頃より多種多様な絵画と接する。
光琳を思慕し、その表現を独自に咀嚼していった。俳諧と画作のほかにも、工芸品のデザイン、出版などを手がけ、1815年の光琳百年忌には、法要を営み、光琳遺墨の展覧会を開催している。雨華庵と名付けた根岸の庵居での晩年は、代表作を次々と制作し、かつて離反した大名社会からも高い評価を得た。時の文化人、一橋治済からの依頼により光琳の「風神雷神図屏風」の裏面として制作したのが、畢生の大作「夏秋草図屏風」(19世紀)である。
尾形光琳に私淑し琳派の雅な画風を、俳味を取り入れた詩情ある洒脱な画風に翻案し江戸琳派の祖となった。
引用・参照:https://bijutsutecho.com/artists/144


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(2023年 2月 9日 11時 44分 追加)
【追記】
本商品の「タイトル部分」や【商品説明】欄に書き忘れましたが、本出品作品、酒井抱一「富士に岩松図」は「真作保証品」になります。
また、本出品作品のヤフオクへの再出品は今回が最後となります。
こちらは非常に高価値な作品になりますので、落札をご検討の方は、この最後の機会をお見逃しのないよう申し添えさせて頂きます。

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